はいじどう、ぜんじどう。

なんでも自動で出来る時代になると思ってたらそうでもなかった。

思い出を二つ

この3月で、思い出深い二人の人物が会社から離れていきます。

一人は、定年なんですが大阪のほうで仕事を続けられるということで東京を離れる元上司。もう一人は、新入社員で入ってきたときから本当の妹のように可愛がってきた、仲良しの後輩。

どっちも悲しいんですが、まずはこの後輩の方から。

 

「私、デザインに興味なくなっちゃったというか、デスクワークよりも現場だなって思ったんですよね。達成感を図面で感じられなくなったんです」

 

それを理由に、全く違う音楽関係の仕事に就くことになった後輩。

それこそ現場で会場作りをしたり、チケット作ったり、グッズを作ったりと、そういう"現場仕事"をすることになったそうです。このご時世で大変だなとは思いますが、もともと音楽も大好きな子ですし、一番いいところに落ち着いたのかなと思っています。

私の知る限り、今まで出会った中で一番字が上手で、一番魚を食べるのが上手な子でした。東京で働いてほしかった。離れるのは悲しいですが、大阪に行った際には会いに行こうと思います。

 

もう一つ。

私がこの業界に入ってから、今の会社にうつるまで、ずっとずっと一緒に働いていた人が定年で東京を離れます。地元大阪の方で(うちの会社のデザインは大阪にも部隊がいるので)働かれるとのことでした。

めっっっっっちゃくちゃ厳しくて、入った当初はもう鬼だなこの人って思ってたんですけど。しごかれまくって怒られまくって散々言われて、でも結果、図面もプランもなにもかもめちゃくちゃ速くできるようになった。これはこの人のおかげなんです。

ただ、プラン力だけは吸収しきれなかった。

片寄のないベストなプランを作るこの上司の力は、東京の営業陣からの信頼が絶大でした。もういなくなっちゃうのかと思うと、部署としては離れてしまったけどもっとたくさん話をするべきだったと後悔ばかりが残ります。

前の会社が本当に労働状況が酷すぎて、もうやめよう、、ってなった時。

ちょうど最終出勤日の3月月末の金曜日に「実は仕事辞めるんです、いままでお世話になりました。仕事ご一緒させてもらえてよかったです」って電話したんですこの上司に。当時は先方さんだったので。

「え、辞めんの?ならうちおいでよ、きみなら即戦力やし、来週月曜から来れる?っていうか来てほしいねん、頼むわよろしく」

これで、今の会社に来たわけです。笑

普通会社辞めるときって有給休暇の消化とかで一ヶ月くらい休めるじゃないですか。

私の場合、問答無用で土日の休みを挟んでそっこー今の会社に来たんです。

空間デザインのいろはを教えてくれたのはこの人でした。本当に感謝しかないです。たくさん叱ってくださって有難うございました。今の時代では許されないんでしょうけど、散々罵られて怒られて、おかげさまでめちゃくちゃ打たれ強くなりました。

 

ふたりとも、思い出がたくさんありすぎて悲しくて仕方ないです。